視線の先

4カメあたりの感覚で他人の顔を見る癖がある。

私と、友人と、店員1と、店員2がいるとする。会話をしているのは友人と店員1である。この時に、店員2の顔(目線の先、表情)を観察するのが好きだ。

友人が派手な格好をしている時は目線が上から下に動いたり、何か作業しているようなそぶりをしながら目線だけがそちらを向いていたりする。上司とよく飲みに行っていたころ、同伴だなと思われる露出をした小綺麗な女性をちらりと見るその一瞬を目撃するのが好きだった。揉めている患者と、対応する人間と、それを外から見る患者を見る私。その場面でモブ若しくはNPCとなった人間のなまの動きを見るのがどうしても癖なのだ。

だから私の送別会で、私と局をわざと同じテーブルに座らせて(最後だからあえてという意味が含まれていたように思う)、私がどういう顔をするかニヤつきながらこちらを見てきた上司の視線も分かっていた。分かっていたからずっとニコニコして天井を指差したりメニューを見て「素敵なお店ですねえ!」と言っていた。あれっという顔をされたのを今でも覚えている。

鳥瞰するなんてものではない、悪趣味な癖が私の何かを守った瞬間だった。

最近はよく昔のことを思い出す。今の職場で苛立ちすぎて頭がおかしくなりそうなこともある。それを見ている同僚の視線も気付いているけれど、気付かれていることに気付いていないフリをしてニコニコと働いている。

数百年前の上司,部下の関係は理解ができる。強いものがえらい。基準がそうなっていたから。お前を殴った、お前の骨をこれだけやれた、だからお前の土地も俺のもの。あまりに剛田タケシではあるけれども。今の社会で、上司とされる人間のどこがわたしより優れているのか分からない。本当にわからない。私は不出来な方だし何をやってもという環境で育ってきているけれども、それにしたって何故という行動を起こす奴が多すぎる。ただ早く産まれて、ただ早くこの会社に入っただけなのに、VLOOKUPの関数すら使えないお前がなぜ私にそう指図をしてくるのか分からない。どうして意見が言えないのか分からない。あの役職の人にこれは言えないとなるその回路がわからない。役職に就いているのは他に人がいなかったからだと理解している癖に、その役職だから言えないなどと言う。みんなそう言ってる。理解ができない。最近本当に、この縦の構図が心底理解出来ないことがわかった。フラットに物を言い合えて環境を良くして仕事を回す、そっちの方がいいはずだろうが。

これを同い年の子に話したら夢を見過ぎだと言われて、なんかどんどん隅っこにいっている感覚がある。

仕事を辞めると言ったらすごいな私にはできないそんな勇気はないと言う。何を優先するかの話で、優劣もなくって、エネルギーの放出先が違うだけで、と話したけど結局「あなたはぶっ飛んでいるからそういうことができるのよ」に着地してしまった。

続けようと思う思考回路も、しんどいけどやるしかないという回路も理解が出来る。だから私は何も言わない。ただ、何を考えることもなく、私というキャラを先に出して、だから理解が出来ないと言われてしまうとなんとも言えない無常感に襲われてしまうのはなんなのか。

誰の顔も見なくて済む山に篭りたいと思う。どんな視線も追いたくない。閉じてしまいたくなる。でもそれだと楽しいことも減ってしまう気がして、だから少しでも安心できそうなところを求めてまた彷徨う。そうやって生きてくんだな、合う人に会うためにって言ってたよな確か。これかよ〜。若林の眼鏡姿が星野源みたいだと言われていましたが、若林は星野源の眼鏡と同じブランドのものをチョイスしているのでそれはそうなります。



野菜をたくさん摂る

人の落ち着いた時間に聞こえてくる、コーヒーいる〜?今日頑張ったよね〜、予約詰め込みすぎ〜、ミルクは〜?の会話が割と好き


「あのコンビなんでしたっけ、朝のテレビで逆ニッチェやって凍りついたやつ」「外見どんなですか?」「片方はマッシュで丸眼鏡してて。」「うん」「片方はおじゃる丸に出てくるヒゲに似た」「あー、あーー」イラストを描いてくれててあまりにも似ていて、「これこれこれ、これなんでしたっけ」「あーー、あーーー。あーーージェシーなんちゃら」「真空ジェシカや!!!」


腰をいためて自由のなんたるかを知る


タジン鍋に野菜を適当に放り込んで火にかける。ある程度したら豚の薄切りものせる。出来上がったらポン酢でいただく。とうもろこしを茹でたものがシャキシャキで甘くて瑞々しさに溢れていてすごく美味しかった。


漢方で言うと私は気滞というものらしい。体にできた空洞に良くない気が溜まるのだそうだ。それで気が塞ぎこみ、憂鬱として、なんだか疲れやすくなる。何がいいのかしらと調べたら黄色い食べ物とあった。こち亀檸檬の兄貴が憂鬱という名前だったように思う。憂鬱、纏、檸檬ギボシ家は画数がひどい。ギボシという名字もかなりの画数だったはずである。


最近自分と同じ音の名前を持つ患者が良く来る。その度に私の漢字がいちばん整っていていると思ってしまう。似ているから。


ピーマンをまるごとよく焼いたものに鰹節をふぁさっと入れて軽く醤油を回したのが好き。楽、おいしい、たのしい。苦味には苛立ちを落ちつかせる効果があるらしい。


命の母の会話をしていて、赤は殺したい気分の時で白は私なんてという気分の時に飲むのがいいってツイッターに書いてたんですよと言われたのでじゃあ私は常に赤を飲まなきゃっすねと返したらそれな〜と返ってきた。


職場の人と本の貸し借りを始めて一年になる。益田ミリ片桐はいり伊坂幸太郎もこの人に教えてもらった。伊坂幸太郎は好みじゃなかったけど前の2人はするする読めて楽しかった。


ボールの上で土踏まずをえぐる快感よ


電気を点けているのがしんどいからぎりぎりまでカーテンを開けて過ごしている。20時前でもまだ大丈夫で夏だなあと思う。


熱中症の蛇を避難させた数週間後、起き上がれなくなっているカブトムシを起こし車道で諦めかけている蝉を木に止まらせ叩き潰されそうな蜘蛛を掴んで外に放した。昆虫類に縁ができている。


趣味ランニングですという見た目の眼鏡で髪をきっちりセットして人好きのするような営業が自宅で蛇を飼っておりごはんは冷凍のマウスですという話をしていて一気に警戒心を解いてしまったのでちょろい


イカを買うのは身体を冷やしてくれるから




嫌い嫌い嫌い嫌い全部嫌い、〜ってもう誰もやってない、うるさい。○○はもう古い、うるさい。何かを下げる時すら誰かの語り口の真似をするその仕草が本当に気味悪い。お前はお前が本当に欲しいものを分かってない考えていない全部インスタント親指と目の上下運動で得たそれを欲しいと思わされてることにも気付かずカードを切る、アホくさい。なんかスナイデルの件で燃えてたやつもうるさい。スナイデルを馬鹿にする層とスナイデルを買ってとおねだりするらしい層でまた分断されてて対象がズレてきている。あと男と女の対立ももういい加減しつこい。そこでぶつけなくていい。うるさい。もういらん。人間としてアホかアホじゃないかに過ぎないんじゃないのか。自分が一番夢を見ていることは自覚している。みんなうまくやっている、知らん。めっちゃ前にラルフローレンがラブアンドピースみたいなのを背中に刺繍したスウェット出しててこりゃないわと私は思ったんだけどしばらくしてそれがツイッターで大ハネしていた。良すぎるらしい。何が?全然分かんない。私は分かんないままなんだろうなと思う。それでいいんだけど。平成の殆どがしんどいままで息がうまくできずにいたし平成の殆どの自分が嫌いだ、私は今でも周りが正しい私がおかしいと思う節があるけれど令和になっていやこれおかしいのは周りなんじゃないかと考え始めた。体調を押して働くのが普通とか、あの子が持ってるものが欲しいとか、自分の好み以前に流行りがくるとか、トトロエベが可愛いとか、私全然分かんない。それを言うと変な人になる。私はお前らをジャッジしようとしてないのにどうして一方的な好奇の目を向けてくるんだ。うるさい。佐久間さんのオールナイトニッポンで森田が「ガーシーのアテンド」ってフレーズ出して爆笑をとっていて確かにその仕組みは分かるけど吐き気がしてキモくなってそれを共通認識として出してきてる前提があるんだと思って聴くのやめた、いらん。ああいうの全部いらん。オードリーANNは延々内輪で盛り上がってるから安心する、ずっとそれでいいと思う、怖くない。全部全部思い出しては吐き気がする。高熱にやられながら嫌な記憶が片っ端から蘇ってきて最悪だった。全てが嫌いなのは全てに夢を見ていたからだと思う。ああああもう全てがうるさい。骨格知らん。肌の色知らん。モテ知らん。自己肯定感知らん。QOL知らん。YouTuber知らん。TikTok知らん。全部いらん。時間がそれぞれの中にしか無かった頃に私も行きたい。組み立ててしまいたい。熱にうなされながら何かを悟りかけてまた夢の中におちていった。





整える

新玉に鰹節ふったやつ、採ってきたばっかのトマト、もらいものの春菊と水菜をただ茹でたやつ、おいしい豚がメインの水炊き、きちんとしたもので胃を満たすと指先までぴかぴかになった気がする。内側から。

食べるものにこだわりがないというのはカップラーメンとかコンビニ弁当とかを常に食べてokとかのそれではなくて、この食材しか食べられない!などの縛りがないという意味の「こだわり」だ。野菜が高くて困るよねと昨日職場で話したばかりなのに、祖父が山を散歩中にひとやま100円の新玉ねぎをほくほくした顔で買ってきた。良い方の祖父は足腰も強く80すぎの今でも風呂後の腹筋をかかさず朝晩50分ほど散歩をする。図書館で何冊も借りてきて読みながら、趣味の掃除洗濯をして老後を楽しんでいる。こういうのが良いよなあと話すたびに思う。


仕事が嫌というのを通り越して職場に「居る」ことが嫌で嫌でたまらなくなり、久しぶりにそんな理由で半休をした。月曜あたりからなんかマズいなと思っていたけど忙しくて言い出せず、火曜水曜とバタバタで今日やっぱり電池が切れた。悲しくて腹が立って泣きそうになるやつ。参った〜27ぞ〜?と思いながら捌いてたけど患者に怒鳴られて糸が切れ半休決意、さくっと申告してさっさと帰った。

怒鳴れば若い女が言うことをきくとおもわないでほしい。怒鳴り返しそうになって、いや一応ここの格好してるからなあと思って最後の理性でなんとか耐えた。スーパーですれ違う老人、えらそうなババア、走り回る子どもにもイラッとくる時がある。無差別というのはこういうことかと身をもって感じている。

とりあえず半休は取れたからやりたいことをして整えてこうと思ってまずジムに行った。ら、バレエレッスンの時間と重なってまたババアが沸いていた。あれらを気にせず割れた腹を放り出してストレッチできるようになるのが目標だな、まずまた腹を割らねばならない。有酸素多めに入れてこうと決める。尻が筋肉痛だから肩をぴゃぴゃっとやって、インクラインサイドレイズのやり方をまた調べようと思ってケーブルと遊んだ。背中とかはやっぱりケーブルの方がつかみやすい。

ちゃんとトレッドミルまで終わらせて帰宅、水回りの掃除に取り掛かる。気になってたお風呂場の細い汚れと天井のちいさいカビを取って、パイプマンをやって、マグもハイターにつけてその間に珈琲をいれた。

風がよく入るリビングにいると気が凪いでいることに気がつく。そうそうこういうのが1番整うのよ、さっき食べたチョコレート(ダークのやつ)もいい感じだった。洗濯物もよく乾いた。両親は妹を迎えに関西に行っているからいない、夜どうしようかなあと思っていたら帰りを前倒しにしたらしくて今日帰るとのこと。祖母宅でまとめて夕飯になったのでほいほいと移動、野菜たくさんでおいしいお茶も淹れて、あ〜花丸通り越して大花丸じゃ〜みたいな気持ち。カツは明日のお弁当にひと切れもらって夜は食べなかった。揚げ物大好きだけど夜食べると翌朝まで引きずる。お米とかは大丈夫なんだけど。何を食べたらどういう調子になるのか、ちゃんと身体の具合を見ながらデータを取るのが1番いい。

例の24歳の件で、あれを奨学金の返済にまわしましたとか親の借金返済につかいましたとか一部を兄弟の学費に〜とかって言ってたら世間はどう評価したんだろうなと思ってたらTwitterもそんな感じになっててそうよなあと眺めていた。11兆円わかりませんじゃあないんだよ。


角田光代のタラントを読んでるんだけど、主人公が香川出身の設定で、他県(主に都市部)のひとに出身を説明するとき「四国から〜」って言うところとか親族間の距離が近く橙っぽい雰囲気のあたたかさと雑さがあるとか要所要所の方言にいちいちわかる〜〜となっている。今おもしろくなってきたところ。主人公のあの周りがやってるからやらないとな感じとか、ものの背景を知ろうとしないところとか、うわ〜ヤダヤダ〜と思う場面も多いんだけどお爺さん視点が面白くてこれどうやって交差させるのよと夢中でページを捲っている。国分寺から永福町に引っ越したくだりでウンとは思ったけど。永福町はオードリーのラジオで聴いたことしかない。ただ、昔は駅名を読んでもボンヤリとしか分からなかったイメージが今はわかる。色とテンションを知っているから、読むのがもっと楽しくなった。

明日は夕方まで働いて、ワクチン打って、眼科に行って、ポカリを飲みながら副反応に備えるだけだ。だいぶ整っていい感じ。ばっちこ〜い。





ピラティスに行ってきた

もう5回目?くらい?

先生と話しながら骨を動かして体を捻るのは楽しい。意識できてないだけで無数の筋肉やら腱やらがあって、骨だって動かせるんだな〜と思いながらみっちり1時間半やってきた。脚のラインが変わってきたように思う。

身体を整える作業が好きである。痩身のためによくそんなに出来るねと言われたことがあるけれど、10代からずっとダイエッターみたいなところがあるから特に何も感じなかった。むしろ、食べ物のバランスを考えないとか空きっ腹にお米を入れられるとか脚のむくみを放置したまま眠れるとかの方がすごいなと思ってしまう。もう私はあの何も考えてなかった頃には戻れないなあとも。意識の果てで習慣になったから苦じゃないというのもあるけれど、こまごまとした小さい「やるべきこと」をやってこの体型体質なんだからため息が出る。ピラティスは痩身というより立ち仕事で腰が痛くなりやすくなったのと巻き肩が酷くて頭痛が頻繁に起こるようになったのの改善目的なので、ついでに骨から整って筋肉,脂肪のシルエットが変わってきたからラッキーだった。

今日も股関節周りの調整から始まった。内旋しがちなので外に捻りつつ深く息を吸う。吸って〜(痛い)吐いて〜(伸びる)、この繰り返し。休憩がてらお水を飲んで、「出身って○○高ですか?」と言われて驚いた。いやいや私はド底辺の高校ですよと返したら驚いていて、話してる感じとか興味の方向がそんな風には見えないと言われてまたイヤイヤハハハとなったりした。その人はそのド進学校からちゃんと慶應に進んでもろもろをこなし、帰国してピラティス関係の資格をいくつか取り、この春の更新試験でもきちんとパスをした人である。たまにこういうことがあると「ああ私はちゃんと変わったんだなあ」としみじみ思う。足が速そうとか、体育祭でリレー走ったでしょとか、クラスで友達に囲まれてたでしょとか言われるたびに。(50メートルは平均速度の8秒台だったし体育祭は1回も出てないしクラスではひとりふよふよ浮いていた、そういう学生だった。) 

10代の呪いというのが27になっても拭いきれないのが正直なところで、今朝みたく気が落ちているとここで落ちこぼれ&地味でダサい小デブ だったことがダイレクトに脳にきてシュルシュルとなってしまう。母親に相談したら後10年したらどうでも良くなると思うとのことだったけど遠すぎる。

だから出たいのかなあ。

最低限の仕事をして最低限のお金を手にして、余計な生活費がかからない分投資やら貯金やらこういうピラティスに回せていて、それはすごく精神的にいいことだけどいかんせんそこらの道路やら街やら山やらに嫌な記憶が張り付いている。今朝通ってきたあの信号だって小学2年の時6年の男の子に帽子を取られてギャン泣きした場所だった。この今の生活環境だけ抽出して本州のいい感じなところへコピペできないかしらんと思いながら棒を持って右脚を伸ばしていたら「集中〜!」と言われてしまって、肋骨は抜けてるわ腹も落ちてるわでいかんいかんと思考を停止、集中してやって終わって帰ってひと段落して今に至る。

身体が整うと気が整う。余計なことを思いださなくて済む。記憶の棚卸しを定期的にやれればいいのに。これはいらん、これはいる。ゴミ箱フォルダにうつしたら完全削除。それこそ容量(メモリ)の無駄遣い...♣︎みたいなことが多すぎるんだよな多分。

あと昨日眼科に行って乱視の進みようと視力の低下加減にギョッとしたりもした。今まで行ってたところがそれこそ小学生から通ってたところで、院長に「ちゃんと目を清潔に保っててえらいね」と頭を撫でられたところでドン引きして変えたのだった。私はもう12歳の○○ちゃんではないのである。キモいよ〜やだよ〜と思って変えた眼科でコンタクトの度数-3ずつ、片方は乱視用レンズ、眼圧高め の結果を叩き出してoh...となりつつなんでも更新は必要なんだな〜となるなど。14の頃からワンデーの使い捨てだからレンズを作り替える必要とかはなくスムーズに検査診察完了、帰り道用のコンタクトを装着、そしたらあまりに世界がくっきりはっきり見えすぎてお会計の時に受付のお姉さんの顔をまともに見られなかった。アイシャドウされてたんですね...。

全部昔とは違うのだ。過去と今は地続きだから〜とも言うけれど、それが5年10年となったらもうほとんど別人である。私は小中の同級生と今会ったらマジで誰か分かられない。そんなことが二、三度あった。だから怖がらなくていい。









去年から花粉症

お天気がいいねえ。

朝晩とアレグラ飲んでやっていますよ。


ちょうど1年前くらいの日記を読んだら今と同じようなことで悩んで怒っていて、今と同じように仕事しんどってなっていてウケた。ただ、前はつらくて泣きそうだったのが怒りで暴れそうっていう風に感情表出の方法が変わってるからいいことではあるのかな。

なぜ片付けられないのか、どうして何度も同じことを言わなければならないのか、どう生きたらそんな横柄になれるのか、その辺りの「?」と「怒(ど)」を自分の精神状態と繋げなくてよくなった。「これはそういう人間である」と考えたら楽だ。放置とも言う。これが続いて回り回った先で私もショックを受けたから、やる相手は選ばないといけないんだけど。


一人暮らしをしていた頃の「なんだこの毎日」という感覚は孤独から来ていたように思う。仕事に行って、働いて、帰ってきて、仕事のために風呂に入りストレッチ等をやり早く寝るという感じだった。その内に食事以外のことが殆どできなくなってくるという変なサイクルも作られた。Twitterにいる楽しいお姉さんたちみたいな生活をしたいのに、娯楽にも金がいる何をするにも金がいるとなってガタガタ動けなくなっていったように思う。阿保だった。かなり前の日記にも「もっと誰かに話を聞いてもらうとか、仕事以外の話をするとか、そういう関係を続ければ良かった。友達はそれを恋人に割り振っていてうまいと思う。」みたいなことが書いてあってそれだなあとなる。実家から出て不安なのはそこである。情けない話、27歳にもなって「孤独になりたくない」などと思っている。あの時の失敗体験(のようなもの)が強烈にこびりついている。動物の力は本当に偉大で、こっちに戻ってきてドッグセラピー的なものの効果で元気になったのも事実。この首輪を買うために働くか〜となることだってある。おまんま稼ぐからねと言いながら家を出る。

妹は今週末に同棲のため家を出て、多分1年以内に籍を入れる。そういう流れでこないだ彼氏が挨拶に来ていた。両親と私になれば、今の感覚が変わって「家は最低」とかになるんだろうか。自室に避難することを覚えたのもあるからうーーん。


いわゆる発言小町とか、相談サイトとか、そういうものに寄せられている「辞めたいんですけど○○だと現実的じゃないですか?」とか「この理由で辞めたいと思うのは世間的に甘いでしょうか?」とか「年齢的にもう諦めるべきでしょうか?」というのもよく読んだ。最終的に私が思うことはいつも同じで、「んなこたぁない。お前がどうしたいかが全てである。不安もわかるが。」となってしまう。自分はまんま同じこと返されたら凹むのにね、贅沢な話だよ...。あともう明らか辞めたいじゃん!あと自分の一歩なだけじゃん!ともなる。そして自分にこれがそのまんま刺さる、アイタタタ。


何かしら文章に関わることをやってみたいと思う。誰かと話して数字を上げてくみたいなことも挑戦したいと思う。それはこの土地では出来ない。ならば出るのが最適解である。しかし出るには不安がある。なぜなら一人暮らしをまたちゃんとやる自信がないからである。そして詰む。


いや詰む?詰むんかなこれ、やりようじゃない?一人暮らし怖いっていうけど新卒の時の知り合い全くいない東京よりはマシじゃない?ん???

打ってると頭が整理される感じがするな、漠然と不安にのまれそうだったけどそんな深刻に悩むことでもない??関西ならすぐ帰れるしな?お??

なんか頭が上向きになってきたからよかった。

夜はあかん朝考えようというのはアンミカ教祖の有名な言葉だけど、私はそれに追加してお腹空いてる時に考えたらあかん食べてから考えよう である。わかりやすく「死ぬしか...」となってくる、満腹も苦手だけど空腹はもっとダメ、泣きたくなる。

職歴はこれくらいあった方がいいから〜とかボーナスは回収したいから〜とかあの口座の貯金に一切手を付けないとしたらこっちの口座で回す必要があって〜とかポヤポヤ考えてはメソメソなりかけたいだけど、ちゃんと考えられてるじゃあないかッッッ。


焦らない、ゆっくりやる、最低限現実的に考えるけど10滴くらいノリを混ぜる、この配分がむずかしい。











今日は休み

再来週の日曜分の振替らしい。

その週の平日に欲しかったと言ったら、先輩がもう休みをとっていてその人に応援を出すからあなたの分は無理と言われた。

さっき連絡が来て、金曜は1315までになった。

日曜出勤分の労働時間オーバー分をそこで相殺するらしい。その週の平日に帰らせて欲しいと言ったら、予約数からしてかなり混むから無理と言われた。


あまりにもつらかったので、信用できる大人(※私は既に『大人』なんだけど感覚の問題ネ)にLINEを入れたら今会議中だから待ってと言われて、しばらくしてからリモートで自分の分の発表が終わったからと通話をくれた。声を聞いて泣いてしまって爆笑された。「労働階級じゃん」と言われてウケる。その通りである。20代のこの何やっても許される/ギリ若さでなんとか走れる時期に、なぜ私は福祉を受けていたり全てを諦めている人間に怒鳴られて過ごさねばならないのだ??そもそも私はそのランクの、労働力として使わられることしか出来ない人間だったのでは??ならば今の環境は妥当か??いやそれにしてもですね??ということを矢継ぎ早に話して、私が少し落ち着いたところで間髪入れずに「寝た方がええで」と言ってきた。グゥ。トランス状態だったのは自覚しているけれども。

TOEICの申し込みをしようとして知ったこと、ここは毎月行われていなかったし下手すると定員以下で見送りになる回もあるらしい。とんでもない。これもまた爆笑された。「すごい土地に住んでんな」。とりあえず3月に開催されることを祈りつつ申し込みした。あとはコツコツ積んでくだけだ。

ここにいたらだめになる。楽だなあと思っていたし今もたまに思うけど、文化として得られるものが少なすぎる。人が少ないのはいい。歩きやすい。でも景気のいい服を着ているとかなり視線が飛んできて億劫。マトリックスキングスマンも1日に1本しかしていなかった。呪術廻戦に殆どのスクリーンが使われていた。フィッシュネスバーガーはいつの間にかいなくなっていた。開かれた可能性とか、平等に与えられるナンチャラなんてのはあまりにも真っ赤な嘘である。いちど東京に住んでしまったから分かる。都心信仰!みたいなのとは違うランクの話だ。私はいまだに銀座のあのパン屋で働く白エプロンをしてやや髭を生やした若いにいちゃんをうらやましいと思う。そこに生まれ落ちたことが、実家がそこにあってその中で「良さそうだな」とかなんとか思ってシティベーカリーで週4バイトか何かを選べることが。本当は茨城とかの出身なのかもしれないけれど。


電話口で「今月あと2回夜勤があるけどまあ私看護職じゃないし、看護職の人からしたら余裕なんだろうなって思うし、でも私の体力的に全然余裕じゃないしなんだこの仕事って思う」とぼやいたら「昼だけの仕事に就けば?」と言われて「そんなんコールセンターしかないよ」と返してまた爆笑された。ワクチン関係で臨時に設置されたコールセンター、想像するだけで頭が痛い。これも選べるだけ贅沢とか言われるんだろうか。いやいやこれは権利です。


観たかったラストインソーホーは小さなシネマでだけ最近かかっていて、今日行こうとしたら休館日でこれもまたグゥ。

そんなことを考えながら問題を解いていたら窓に叩きつけるような雨水が走っていて驚いた。あとものすごく肩が凝っていてそれにも驚いた。スマホ首とかスマホの見過ぎとか、勉強で下向いてるのも同じやろがいと思う。

半年前は慣れるのに必死だった。

新しい株でどんどん人がいなくなって、今いる人間が千切れるくらい走っている。私だけが辛いんじゃないかもしれないし他にも辛い人がいるのかもしれないけどその事実はその事実だし私の感情は私の感情である。混ぜこぜにするなと言いたい。

オミクロン蔓延の間は仮死状態の覚悟を持とうと思った。やれることだけ積んでいく。なんか太ったのでそれもどうにかしたい。いい加減この辺から解放されたいんだよな、ずっと何かに飢えてるよな。