暇だったので



半休もぎとり気が楽になった、わ〜い

甘えまくっていますが7月からはそうもいかなくなるので今のうちに甘えるぞ〜


なんとなしに思ってたことばばばとまとめる


①持たない暮らしって持てない暮らしの受容方法としてのそれなんじゃないか?


この国が貧乏になって、コロナの影響も受けて、どんどんみんなお金がなくなって、欲しいものが買えなくなって、GU1強の雰囲気が出て、雑誌は「このアイテムだけあれば」をとかく全面に出すようになって、「買えない、持てない」ことを良く変換して「必要なものだけあればいい、持たない」になったんじゃないか??

だって「買えなくてつらい」よりも「買わなくても足りる」の方がみんなオッそれ良いなってなるじゃない?これは私が頭の古い人間だからそう思うのかもしれないけれど!!

ほしいもの全部買って労働のストレスを万冊でしばき倒す の流れ(3,4年前はツイッターでよく見た)より無印のお香とお買い物マラソンでゲットした良いとこのブランケットに包まる とかの方が最近よく見るんだもの。倹約家が増えたように思う。(でもこれも一つの在り方だよな...上見てばっかじゃ首痛いし疲れるからな、地に足つけてできることを楽しんでなったもん勝ちなんだよな)

雑誌が「これだけ押さえてればとりあえずヨシ」を言ってくるようになった気がする。そんな気がするだけかな、昔から円以下の企画はあったし...その辺過敏になってる気がしてむっちゃ嫌だ。

でもさ、「wantしかいらない!」と叫ぶ雑誌、wantの幅はすごく狭くて、骨と色と価格で縛られてるように思うんだよ。昔に比べて消費者層が賢くなったというより上澄みを飲まされすぎて感覚が麻痺していて、そこに「あなたの本当にほしいものはなんですか?」と問うてくる印象がある。「あなたのほしい(骨に合い色に合い低価格だけど高見えする)ものはなんですか?」と言ってない?「本当」ってほんとうにあなたが欲しいのか、欲しいと思わされてるのか、その辺わかんなくなっちゃうな。

しんど〜!!!


ぐちぐち言ってますけど、私はこの持てない暮らしなのに持たない暮らしの顔をして持ってる暮らしをナナメに見る輩が大嫌いです。

もしくは持ってるのに持ってない顔をして持ってる暮らしのやつを下げる輩。(ややこしい)

これが言いたかった。

「そんなにいる?」じゃねーーーーよ好きだから買うんだよバカタレが!!!!ラジオ聞いてるとたまに「なんだこのパーソナリティ!!」となってしまうな!!!

どうしてそんなに他人を下げなきゃ気が済まないんだ、あなたの生き方私の生き方でいいじゃないか、足並み揃えようとするな出る杭打とうとするな足の長さも歩幅も速度も杭のポテンシャルも人それぞれだ貴方は何を見てきたんだ!!!



何が言いたいんだ私は??



気を抜くと否定ばかりしてしまうようになりつつあってよくない、ほんと〜に良くない。

「おお〜」で済ませるようにありたい。




②作画の話

私は作画:大島弓子 って感じなんだけど(グーグーだって猫であるのあれ)好きなのは作画:よしながふみなんだよな...と仕事中に思って、それをそのまま先輩に話して理解されないなどした。なぜ。



③滋賀出身だが突然京都出身になった女

その辺の人たちの感覚全然わかんないけど、数年前はたしかに「滋賀出身」と言っていた人がここ一年で当然出身が京都になり先週ついに京都の人にコメントで突っ込まれ「生まれは京都で育ちは滋賀だからどちらも地元です!」と返していてなんか怖いなと思った。

しかも「京都は素晴らしい町ですよね!他の地域の方にもそう思わせてあげましょうよ!桜も素敵でしたし!」とえらく明るい返しをしていてこれ受けた京都の人どう感じるんだろうと野次馬心が爆発してしまった。結果は知らない。